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「田園調布」のイメージは、東急が作り上げた
田園都市株式会社の土地分譲に端を発する田園調布の歴史。銀杏並木を連れだって放射線、同心円状に伸びる街路、背後に流れる多摩川や静謐な宝来公園。緑豊かなこの街は整備された当時から現在に至るまで、人々の憧れの存在であり続けています。その田園調布を都内屈指の高級住宅地の地位まで高らしめたのは、東急電鉄の事実上の創始者・五島慶太です。
大正12年に、田園都市多摩川台の名称で現在の田園調布の地の分譲が開始されました。開発に当たり田園都市株式会社の設立者・渋沢秀雄は、アメリカやイギリスの田園都市の視察に行き、そのエッセンスを田園調布の街づくりに取り入れます。田園都市株式会社は調布以外にも宅地分譲をしていましたが、それら開発地を鉄道で結ぶ事業も併せて行っていました。しかし鉄道事業は不振が続いたため、肝心の瀟洒な分譲地も思うように売れなかったのです。
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その鉄道事業を受け継いで設立されたのが目黒蒲田電鉄、現在の東急の前身です。五島慶太は設立当初より専務取締役として招聘されました。彼の経営により業績は一気に好転します。それでは、五島の経営手法とは一体どのようなものだったのでしょうか。
五島の経営理念は関西私鉄の雄・阪急の小林一三の影響を色濃く受けています。それは「鉄道事業は都市開発の一環」であるということです。阪急の開発の特徴は鉄道を中心としたブランド志向。基本の不動産(芦屋など)を筆頭に、宝塚歌劇団、阪急百貨店――このため阪急沿線は現在でもハイグレードな地位を保っています。この小林手法を五島は採り入れ、田園調布はブランドとなったのです。横浜の高級住宅街として知られる日吉も同様です。
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